徳富蘇峰『近世日本国民史』
(大正七年から昭和三十七年)

彼(高杉)は大なる我侭者である。
彼は何人からも指揮、命令を甘受する漢ではなかった。
彼は頂天立地、唯我独行の好男子であった。
同時に彼には奇想妙案湧くが如く、
しかも同時にこれを決行するの機略と、胆勇とを具備していた。
彼は戟を横たえて詩を賦するの風流気もあれぱ、
醇酒美人に耽溺するの情緒もあった。
しかしてその脱然高踏、世間離れの気分に至りては、
東行である彼は、恐らく西行以上であったかも知れない。

彼は松陰門下においても、
その師松陰さえもある意味においては、畏敬したる程の、
毛色の変わった一本立ちの奇男児であった。
従って彼の行動は、到底尋常の縄墨もて律すべきではなかった。
天馬空を行き、夏雲奇峰多し、
かかる形容文句は、幾百を累ね来たるも、
恐らくは這般の真面目を道破するには、いまだ十分ではあるまい



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